岡野あつこが教える離婚回避マニュアル

Case2 妻の告白

老後もずっとこの人と? そんな疑問が浮かぶとき

聖子さん(58歳)は、一人娘が結婚した日に、残りの人生を二人で生きていくはずの夫・昌義さん(62歳)の顔を見て気持ちが沈んでしまいました。
それまでの自分の人生の意味が、よくわからなくなってしまったそうです。
そんなことは結構ありがちなのかもしれませんが・・・。

うちの主人は、どちらかというと亭主関白だったと思います。
でも、私はそのことに不満を持ったことはなかった気がします。

「おい、メシはまだか?」
「はい、もうすぐですよ」

こんな会話が普通でした。私の都合を聞いてくれることなどありませんでした。
もし、支度が遅れていようものなら、不機嫌になって寝るまで口をきかないこともありました。

主人の会社のことや、親戚関係のことでも、私が真剣に考えて言葉を挟もうとすると、
「お前には関係ない」
「お前の指図は受けない」
の一点張りでした。

私も、そう言われてしまうと、逆らうこともできませんでしたが、困った事態になると、
「お前は何も気にならなかったのか?」
などと責められ、
「私は言おうと思ったけれども、あなたが・・・」
と言ったところまでで、たいがいは口をきかなくなってしまうといった関係でした。

私は毎日、主人に気を遣い尽くして過ごしていました。ピリピリしていたかもしれません。
何より気になっていたのは、私の実家や親戚に対して、私が何もできないことでした。

冠婚葬祭以外は、どんな用事があっても、たとえ実家で父が倒れて入院したときでも、たった一度の面会しか許されなかったのです。
それでも、私が主人とやってこられたのは、娘のお陰。
文字通り目に入れても痛くないような可愛がり方をしてくれていたからです。

私のためには、何も気にかけてくれない主人でも、幼い娘が熱を出せば、会社に遅刻してでも病院に付き添って行ってくれましたし、大学生になっても夜道を歩かせないように駅まで迎えに行ったりしてくれていました。

そんな娘も、年頃になり恋人ができました。
そして、結婚を考えようになっていたのです。
私にとっては、娘の成長が嬉しくて、どんなドレスを用意してあげようかとウキウキしていました。

「おまえ、千里を嫁にやる気か?」

娘の恋人が、結婚を申し込みに来た日の主人の言葉でした。

「ええ。お相手も立派な方だし、千里もとても幸せそうで、結婚したがっているんですもの」
「じゃあ、今まで、なんのために千里を一所懸命育ててきたんだ?」
「子どもですもの、当然でしょう。これからは千里の幸せを祈ってあげましょうよ」

私が初めて主人に言った反論だったと思います。
この時、主人は娘が結婚したがるのも、変な男性を連れてきたのも、全部私の責任だと言って怒鳴りました。

「ごめんなさい。でも、このことだけは許してあげてください」

私が泣いてまで懇願しているところへ娘がやってきました。

「パパ、なんでそんなことでママを責めるのよ! 私は自分で決めて結婚しようとしてるのよ。パパは私が幸せになるのがイヤなの? そんなパパなんて嫌いになっちゃうよ!」

ここまで言われて、やっと主人は落ち着きを取り戻しました。
淋しそうな顔をしていましたが、見たことのないような穏やかな表情でした。

それから、またいつもどおりの日々が続きました。
主人は、少しおとなしくなったようにも感じましたが、あれこれと厳しく物を言いつけるのは同じでした。

ある日、主人が突然言い出しました。

「聖子、千里が嫁に行ったら、二人で旅行にでも行こうか」

私は主人から初めて言われたそんな提案に心が踊り、それまで耐えてきたことの全てが許せるような気がしました。
主人は、若い頃には浮気が激しく、少しでもそのことに触れると、

「男の甲斐性だ。口を出すな!」

と言い返されました。
それに対して私は、友達と出かけることすら許されませんでした。
それでも、主人を支えて暮らしていけることに生きがいを見つけ、娘の成長を見守って生きてきました。

仕事には真面目でしたし、浮気癖があったことを除けば、主人のことは尊敬してきたと思います。
愛情があったかと改めて思うと、結婚してからは、夫婦あるいは家族としては愛してきたと思いますが、男性としての魅力を感じていたかはわかりません。

忙しく娘の結婚の準備をする毎日は、結婚してから今までの生活の中で、最も楽しく、最も幸せを感じた時間だったと思います。

「これからは、2人だけで生きていくことになるんだな。これからもよろしく頼むよ」

娘の結婚式の帰り道で主人が言った言葉には、どこか嬉しい気持ちがありました。
でも私が直感的に思ったことは、

「この人とずっと死ぬまで顔を突き合わせていくのはイヤだ」

という気持ちでした。

主人は、これから私と一緒に、仲の良い夫婦になって、一緒に楽しむ時間を作ってくれようとしているのかもしれません。
私のことを大切にしてくれようとしているのかもしれません。
それを信じて、添い遂げるのもいいような気がします。

反面、これまで縛りつけられたような人生と、自分の意志では何もできなかった日々を思い起こすと、熟年離婚という道もある。
これからは自分の人生を考えて、自分らしく生きていくのもいいのではないかと、この年になって思っている毎日です。

そうすれば、これまで不義理を続けた親戚や旧友とも、これまでの大きな空白を埋めながら過ごせるのではないかと思います。
今なら、まだ間に合う・・そう思うと、いくらじっくり考えなければいけないと言われても、50代のうちになんとかしたいと思え てなりません。

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